東京地方裁判所 昭和63年(ワ)18190号 判決 1990年2月27日
原告 川崎重工業株式会社
右代表者代表取締役 三宅泰男
右訴訟代理人弁護士 植木植次
同 金住則行
同 加藤朔郎
被告 更生会社三光汽船株式会社管財人 宮田光秀
被告 更生会社三光汽船株式会社管財人 細川泰嗣
被告 更生会社三光汽船株式会社管財人 川井貞雄
右三名訴訟代理人弁護士 大橋正春
被告補助参加人 三井信託銀行株式会社
右代表者代表取締役 川崎誠一
右訴訟代理人支配人 津々見善彦
右訴訟代理人弁護士 樋口俊二
同 鶴田岬
同 高野康彦
被告補助参加人 株式会社大和銀行
右代表者代表取締役 湊良隆
右訴訟代理人弁護士 加嶋昭男
同 斎藤宏
同 彌冨悠子
被告補助参加人 株式会社東海銀行
右代表者代表取締役 新井永吉
右訴訟代理人弁護士 松尾翼
同 小杉丈夫
同 瀬野克久
同 内藤正明
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
原告が更生会社三光汽船株式会社に対し、金八億七八六〇万円の更生担保権及び同額の議決権を有することを確定する。
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
1.(1) 三光汽船株式会社(以下「三光」という。)は、昭和六一年一月三一日午後、五時更生手続開始決定を受けた。
(2) 被告らは、三光の管財人である。
2.(1) 原告は、次の更生担保権及び同額の議決権を有するものとして、昭和六一年三月二〇日、更生手続に従い、更生担保権の届出をした。
① 債権の種類 汽船星光丸主機ディーゼルエンジン二基売買代金債権
② 債権額 金八億七八六〇万円
③ 担保権の種類 動産売買に基づく先取特権
④ 担保権の目的物 汽船星光丸主機ディーゼル(川崎マン18V52/55A型ディーゼルエンジン二基一軸)
⑤ 担保権の価額 金五億四〇三三万七〇〇〇円
(2) 右債権は、原告と三光との間で昭和五四年三月一六日付で締結した「主機換装工事請負契約」と題する契約に基づくものである。
(3) しかし、右契約(以下「本件契約」という。)は、その契約書に付された文言とは異なり、主機ディーゼルの売買契約(代金・金八億七八六〇万円)とその設置に関する請負契約(代金・金二億七一四〇万円)の混合契約であって、主機ディーゼルに関しては売買に関する法規が適用されるべきである。
3. しかるに、三光の管財人は、昭和六三年一一月三〇日の債権調査期日において、原告が右更生担保権及び同額の議決権を有することにつき異議を述べた。
4.(1) 更生手続開始決定の時点において、三光は、汽船星光丸を所有し、同船は、本件エンジンを備えていた。
(2) また、その時点における本件エンジンの価額は、金五億四〇三三万七〇〇〇円を下らない。
(3) したがって、原告は、本件契約に基づく売買代金金八億七八六〇万円について、本件エンジン上に民法上の先取特権を有していたことになる。
5. よって、原告は、三光に対して金八億七八六〇万円の更生担保権及び同額の議決権を有することの確定を求める。
二、請求の原因に対する認否
1. 第1項の事実は、認める。
2.(1) 第2項(1)(2)の事実は、認める。
(2) 同項(3)の事実は、否認する。本件契約は、その契約書の文言どおり請負契約である。
3. 第3項の事実は、認める。
4.(1) 第4項(1)の事実は、認める。
(2) 同項(2)の事実は、否認する。
(3) 同項(3)は、争う。
5. 第5項は、争う。
三、抗弁
1.(1) 本件エンジンは、換装工事完了により、星光丸の構成部分となっており、独立した一個の動産として取り扱うことはできなくなっている。
(2) したがって、本件エンジンについては、先取特権が成立する余地はなく、仮に成立していたとしても、工事完了により消滅している。
2.(1) 本件契約に基づく工事は、商法第八四二条第八号に規定する船舶の製造に当たる。
(2) したがって、本件請負代金債権については、船舶先取特権が成立するところ、商法は、船舶先取特権については船舶の特質に応じ、その効力を拡張する一方(第八四五条、第八四六条等)、他方で効力を制限する(第八四七条)といった特別の規制をしているのであるから、商法第八四二条第八号は、船舶に関しては民法第三一一条第六号、第三二二条の特別規定と解すべきであり、船舶先取特権の認められる債権については、民法の規定は排除されているというべきである。
(3) そして、本件請負代金債権について発生した船舶先取特権は、権利発生後一年の経過により、また、本件船舶の発航により失効した。
3.(1) 星光丸には、更生手続開始当時、金四七七万二八六七円の水先案内料債権、金六四七万七八三一円の曳船料債権に基づく船舶先取特権があり、かつ、第一順位から第八順位までの抵当権、根抵当権が設定されており、これらの抵当権の被担保債権は、金一一六億三五三二万四八六〇円であった。
(2) しかし、開始決定当時における星光丸の評定価額は、金二二億二七七八万円である。
(3) したがって、仮に原告の動産先取特権が存在していたとしても、抵当権、根抵当権に後れる結果、更生担保権としては、零ということになる。
なお、動産先取特権と動産上の抵当権の順位に関しては、自動車抵当法第一一条、建物機械抵当法第一五条、航空機抵当法第一一条が抵当権と動産先取特権との先後関係について、各抵当権は、民法第三三〇条第一項に規定する第一順位の先取特権と同順位であると定め、抵当権が動産先取特権に優先することを明らかにしている。したがって、船舶抵当権についても、 明文の規定はないが、同様に解すべきである。
四、抗弁に対する認否
1.(1) 第1項(1)の事実は、否認する。
本件エンジンは、ボルトで船体に結合されているのであって、これを船体から切り離すには、船舶もエンジンも毀損する必要はない。また、主機台、減速機台を船底から切り離すにもガス溶接している部分を切断するのみであり、新たに主機台、減速機台を取り付けるのもガス溶接によるのであるから、これによって、船舶が毀損されることはない。
また、分離のための費用についても、単に金額のみで判断するのではなく、主機換装工事(タービンエンジンの取り外しとディーゼルエンジンの据え付け)全体で金一一億五〇〇〇万円であり、うち、エンジンの代金が金八億七八六〇万円であって、請負代金は金二億七一四〇万円である。エンジンの取り外し工事のみであれば、これよりもはるかに安価でありディーゼルエンジンの価格とは比較にならない。したがって、本件エンジンは、星光丸の構成部分になっているとはいえない。
(2) 同項(2)は、争う。仮に本件エンジンが船舶本体に付合し、船舶の構成部分になったとしても、取引の通念に照らし、付合物を独立の物として取り扱うのを相当とするときは、法律的には、独立して所有権の客体となるというべきであり、したがって、また、先取特権の客体ともなりうる。
2.(1) 第2項(1)の事実は、否認する。
(2) 同項(2)は、争う。船舶先取特権と民法の先取特権とは、その成立要件、消滅要件等が異なるものであって、船舶先取特権が成立すれば、民法の先取特権が成立しないというものではない。
3. 第3項(3)は、争う。動産先取特権が船舶抵当権に後れるとする根拠はない。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、請求の原因第1項の事実、同第2項(1)及び(2)の事実、同第3項の事実並びに同第4項(1)の事実は、当事者間に争いはない(なお、本件更生手続開始決定の時における本件エンジンの価額が原告の主張するように金五億四〇三三万七〇〇〇円であったとすれば、原告の主張する先取特権が認められる場合においても、その被担保債権金八億七八六〇万円のうち、更生担保権として認められるのは、その価額、すなわち金五億四〇三三万七〇〇〇円が上限となるので、本件請求中、右金額を超える部分は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことになる)。
二、そこで、次に抗弁第1項の事実について判断する。
1. <証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 本件エンジンは、原告において製造した物であり、本件契約に基づき、原告において約定の昭和五五年三月末までに三光の所有する星光丸に搬入し、その船底に設置したこと。
(2) 本件エンジンを星光丸の船底に搬入するには、星光丸のデッキの一部をガス切断により取り外して開口を設け(アッパーブリッジデッキについては幅約四・四メートル、長さ約三・一メートル、ロアーブリッジデッキについては幅約四・四メートル、長さ約一・一メートル、ボートデッキについては幅約四・四メートル、長さ約一〇メートル、アッパーデッキについては幅約四・四メートル、長さ約四メートル)、さらに、これらのデッキの下部の機関室付近に敷設されているパイプ、敷板等を取り外す必要があり、設置工事終了後、これらを元に復元する工事をする必要があったこと。
(3) 本件エンジンは、本件エンジン用の主機台(二台)を溶接工事により船体(船底)に設置した上、その上にボルトにより固定、設置したこと。
(3) 本件エンジンの設置に伴い、これと接続する減速機も交換され、減速機台を主機台と同様の方法で設置した上、その上にボルトにより減速機を固定設置し、本件エンジンと接続したこと。
(4) 本件契約に基づく主機換装工事には、約五〇日(そのうち、旧エンジン等の取り外しに要した日は一九日)を要したこと。
(5) 本件契約の代金は、合計で一一億五〇〇〇万円であるが、原告においては、その内訳として、本件エンジンの価格を金八億七八六〇万円、設置工事代金を二億七一四〇万円と評価していること。
2. ところで右において認定したところによると、本件エンジンを毀損しないで星光丸から分離するためには、船体への固定用のボルトを外すのみでは足りず、星光丸の所有者である三光の承認を得た上、その本体を構成しているデッキの四箇所に搬出用の開口部を設け、かつ、搬出後にその修復をする必要があるものと認めることができるので、本件エンジンの搬出は星光丸の毀損なくして行えないものであり、また、およそ、船舶は、船舶としての本来の機能を発揮するためにはエンジンが不可欠であるから、三光の同意を得て開口部を設け本件エンジンを星光丸から取り外すとしても、同時に新たなエンジンの設置が不可欠となり、本件エンジンの星光丸からの分離は、結局、本件エンジンの設置に要した金二億七一四〇万円に相当する新たな費用の支出を三光に対して強いることになる。また、その工事に約五〇日を要することになると、星光丸の所有者である三光は、その間、星光丸を稼働させておれば得られた利益を得られないことになる。他方、本件エンジンは、汎用性のある規格品ではあっても注文製造したものであって市場価額が形成されているものではないから(成立に争いのない甲第二九号証、第三〇号証と弁論の全趣旨による。)、星光丸に設置した時点において直ちにこれを取り外し、これを売却したとしても、その交換価値は原告の積算する金八億七八六〇万円を相当程度下回るものと推測できる。
そうすると、本件エンジンの所有権が一度、三光に移転し、その上に動産売買の先取特権が成立したと仮定しても、本件エンジンと星光丸の船体という二つの動産は、エンジンと船体という特殊性からしても、換装工事の完了により、星光丸又は本件エンジンの一方を毀損しなければこれを分離することはできず、又は分離のために過分の費用を要するようになったというべきであるから、その結果、本件エンジンは、社会経済上、星光丸の不可分な構成部分になったというべきである。したがって、その時点からは、本件エンジンに対する所有権は消滅したことになる。
3. 2において判示したところによると、本件エンジンの換装工事の完了後は本件エンジンの上に独立した所有権が残存する余地はないので、仮に、原告が、本件エンジンの所有権の消滅前に本件エンジン上に動産売買に基づく先取特権を有していたとしても、民法第二四七条第一項と同様の趣旨から、本件エンジンに対する所有権の消滅に伴い、その上にあった先取特権は消滅するというべきである(本件エンジンが星光丸に設置された状態で独立して取引の対象となる性質を有していると認めることはできないし、また、仮にそのような性質を有していると認めることができるとしても、船舶の構成物、すなわち船舶の一部である本件エンジンについて、付合により独立した所有権が消滅するにもかかわらず、先取特権のみが存続するとすべき根拠はない。)。
したがって、本件契約が単なる請負契約かそれとも売買と請負の混合契約であるかにつき判断するまでもなく、本件更正手続開始決定の時点において、原告は本件エンジンの上に先取特権を有していなかったことになる。
4. なお、民法第二四七条第二項は、付合により物の所有権が消滅した場合において、その物が主たる動産であったことから民法第二四三条によりその所有者が合成物の所有者になったときに適用される規定であり、本件のように、従たる動産の所有権が付合により消滅した場合において、主たる動産の所有者と従たる動産の所有者とが同一であったため、従たる動産の所有者が合成物の所有権を取得するに至ったときには適用されないものと解すべきであるから、本件エンジンに対する先取特権が星光丸全体に及ぶと解する余地はない。
三、よって、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡久幸治)